6/27読売より。「総合科」創設へ。

 安倍内閣が悪あがきを続ける今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
 安倍内閣もホントにグダグダ。これで選挙に負けても退陣しない、と言いきれるこのくそ度胸。もうほのぼのニュースですよ。もう負けるとわかっているヒトを生暖かい目で見守るという中での一コマとして。
 けれども、野党が今一つパンチに欠けるんですよねぇ。選挙どうしようかなぁ。白票はどうかなぁ。
 で、総合科の件。以前読売に掲載された、辻氏、唐沢氏、黒川氏のそれぞれの総合科創設に関しての意見。
 いずれも、「総合科」創設は既定路線としてとらえているようですけど、厚労省代表の辻氏と日医代表の唐沢氏とでは、資格認定が必要、いんや、専門医のように、団体が認定するほうがイイ、と言ったように意見が分かれるのは、今までと同じ話。
 総合医を「かかりつけ医」、「町医者」の復活としてもとらえていて、これも今までの話をなぞっているに過ぎないのだけど、開業医の皆さんって、今すでにこういったことやってませんかね?
 私が経験したところだけから判断するのもなんですけども、しかも一開業医のお手伝いをしばらくやらせてもらっただけですが、「総合医」的なことは、どの開業医もやっているものだと思っていました。いまさら、それをあえて形にして、しかも「科」にする必要ってあるんでしょうか。メリットってなんでしょうか。
 病院の役割分担を明確に、と言うのならば、フリーアクセスを制限すればいいだけのこと。ただ、以前のエントリー、「「フリーアクセス」と「総合科」を考える。」でもふれているように、単純にこう思ってしまうのは、交通の便が良いところに住んでいる者の考えであって、診療所に行くより、病院に行ったほうが良い、紹介状をもらうために診療所へ行くほうがひと苦労だという方もいるという現実も知らなければならない、と最近思います。
 それぞれの意見で気になることは、辻氏の意見ではこれ。

 また、総合科の医師は、近年深刻化している医師不足を解決する突破口ともなる。
 現在、地方にとどまらず都市部でも、病院の勤務医の労働環境が悪化し、退職者が続出している。これが医師不足の直接的な原因だ。

 どう突破口となるんだかよくわからんが、医師不足を厚生官僚が認めているのはひとつ評価しときましょう。
 あと、唐沢氏の意見から。

 最近は勤務医を辞めて、診療時間以外は不在となるビルなどで開業する医師が増えているが、好ましいことではない。総合的な診療能力を身につけるためにも、開業医には診療時間以外の活動を大切にしてほしいと考えているからだ。産業医、学校医、母子保健、予防接種などの地域と結びついた活動に積極的に取り組むべきだ。

 わたしは、どんな医師でもそれぞれの役割があると思っている。ビル診を行うことも立派な診療でしょう。それを下に見るような書きようはあまりほめられることではない。
 黒川氏の意見からはこれ。

 患者にも意識改革を求めたい。かぜなどの患者がいきなり、先端医療を担う大学病院を受診するのはおかしい。外来の混雑が、病院の勤務医を疲弊させる元凶となっているのだから、大学病院などの外来診療をやめてしまってもいい。そうすれば、患者は近所のかかりつけ医に最初に足を運ぶようになる。

 これはまさにそうなんだけれども、フリーアクセスの制限ということなんだけれども、うーんといったところ。
 国民皆保険と同時に医療費削減。無い袖は振れぬ。どこかで何かを制限しなければならない。その判断をするのは国民なんですが、次の選挙では、社会保険庁の問題で、医療の話がどこかへ飛んで行ってしまったので、医療を争点として選挙の判断をするには困難になってしまいました。自分で調べて然るべきところ、ヒトに投票しましょう。ただし、選挙前にこれだけあからさまにグダグダになるような党には投票するのを避けましょう。
 最後に、記者の一言。

しかし、良い総合医を育て、国民一人一人がかかりつけ医を持つことで、日本の医療が良くなるなら、これほどわかりやすい処方せんはない。厚労省、医師会、関係学会は実現に向け、足並みをそろえるべきだ。時計の針を今こそ進めなければならない。

 本気で解決への処方せんとなりうると思っているのだろうか。
 自分は、「総合科」創設で、医師不足医療崩壊が解決なんてできるわけがない、と思っている。「風が吹けば桶屋がもうかる」のような形で私に教えてくれる方、メール、コメントください。
 以下は記事。

2007. 06. 27
[談論]「総合科」創設へ 辻哲夫、唐沢祥人黒川清の3氏
東京朝刊 解説
14頁 4393字 06段 写真
  
 幅広い診療能力を持つ開業医を育てようと、厚生労働省は「総合科」の創設を打ち出した。反発も強いが、日本医師会(日医)も巻き込み、新しい医師像の模索が始まっている。日本の医療はどう変わるのか。
 
 ◆超高齢社会と医師不足に対応/辻哲夫氏
 先月から始まった厚労省の審議会では、内科、外科といった、医療機関が看板に掲げることのできる診療科名に、専門分野に偏らない総合的な診療を担う総合科を加える案が論議されている。最初に受診すべき医療機関を、患者に分かりやすく伝えるためだ。
 なぜ、総合科が求められるか。医療をめぐる環境が大きく変化しているためだ。
 まず挙げられるのが、超高齢社会の到来だ。75歳以上人口は、現在の約1160万人から今後25年間で倍増する。日本人の疾病構造が変化し、がんや脳卒中、心臓病といった生活習慣病が主流になるため、長期療養が必要な高齢者を、自宅などで総合的に診る医師が必要になる。
 また、総合科の医師は、近年深刻化している医師不足を解決する突破口ともなる。
 現在、地方にとどまらず都市部でも、病院の勤務医の労働環境が悪化し、退職者が続出している。これが医師不足の直接的な原因だ。診療所でも対応できる軽症の患者が大事をとって病院に殺到するためで、日常診療を担う診療所と、入院や専門医療を担う病院の役割分担を改めて明確にしなければならない。
 ところが、医療の専門分化に伴い、診療所の開業医の多くが、呼吸器外科、消化器外科など臓器別の専門家になってしまった。患者は何科を受診すればいいのか分からず、何でもそろう病院を選択する傾向に拍車をかけている。
 これに対し、総合科の医師は、自宅などの生活の場で、既往症や生活スタイルなどを踏まえて総合的に診て、必要な時には、ほかの診療所や病院の専門医に紹介する。さらに、専門医の治療が終われば、引き続き、健康状態を見守る。患者の療養を支援するため、往診も適宜行う。こうした医療システムを構築しなければ、超高齢社会や医師不足問題に対応できない。
 総合科の医師については、安全面で一定の技量が必要な麻酔科と同様、資格審査を経て、厚労相が認定するという事務局案を審議会に示している。総合科の医師は、医療の全分野に基本的に精通していなければならない。資格認定というハードルを設けなければ、一定水準を確保し、患者・国民の信頼を得るのは難しいと考えるからだ。
 総合科を根付かせるには、患者が最初に受診する仕組みも必要だ。欧米各国は、病院と診療所、一般医と専門医の位置づけを明確に分けており、役割分担は公的医療のスタンダードと言えるからだ。とは言え、どの医療機関も選択できるフリーアクセスは国民の支持が高く、ないがしろにするつもりはない。
 また、総合科医を一般の開業医とは特別扱いして、高い診療報酬を支払うといった政策も、現時点ではふさわしくないと考えている。患者が自然に総合科の医師を選ぶよう誘導するのが現実的だ。
 総合的な診療能力を持つ医師は今後の日本の医療に欠かせない。医学界、医療界も、どのような医師がふさわしいのか、意見を一致させてほしい。実現が遅れれば遅れるほど、不幸になるのは国民だ。
        ◇
 ◇つじ・てつお 厚生労働次官。東京大学法学部卒。老人福祉課長、大臣官房政策課長、年金局長、保険局長などを経て、2006年9月から現職。59歳。
 
 ◆「町医者」復権へ一歩/唐沢祥人
 総合的な診療能力をもった医師の養成は、日医にとっても重要な課題だ。かつては、どこにでもいた「町医者」を復権させることで、疲弊している日本の医療を良くすることができるからだ。
 私が考える「総合(診療)医」のイメージは、日ごろから患者の話をよく聞き、自身の専門科にかかわらず、患者の全身、心まで診ることができる医師だ。さらに、開業医としての社会貢献も求められる。常に、地域住民に期待され、信頼される存在でなければならない。すべての医師がこうした活動をしているわけではなく、意識改革も必要だろう。すでに、具体的な検討にも着手している。今年5月から、日本プライマリ・ケア学会、日本総合診療医学会、日本家庭医療学会の3学会と連携し、総合(診療)医の教育プログラム作りを進めており、日医として認定する仕組みにしたいと考えている。
 総合医が必要だという方向性については、厚労省と一致している。しかし、総合(診療)医を、国認定にするといった、官僚的な発想に基づく手法には反対だ。あくまで、学術・専門団体が自主的に決定するべきだ。日医から総合医の認定を受けた人が、総合医の看板を掲げるといったやり方の方が望ましい。
 また、我々は、開業医全体のレベルアップも、町医者を復権させる有効な手法だと認識している。自分の専門以外に、ほかの科の講義を聞いて、日常診療にも役立つ能力を身につけてもらう、医師の生涯教育のあり方も見直している。研修後のセルフアセスメント(自己評価)などを採り入れ、研修体制を強化する方針だ。
 こうした研修を通じて開業医が診療能力を高め、地域の中にも頼りになる医師が多くいることを知ってもらえれば、患者が病院に集中し、勤務医が疲れ切ってしまう現状の改善にもつながるだろう。
 最近は勤務医を辞めて、診療時間以外は不在となるビルなどで開業する医師が増えているが、好ましいことではない。総合的な診療能力を身につけるためにも、開業医には診療時間以外の活動を大切にしてほしいと考えているからだ。産業医、学校医、母子保健、予防接種などの地域と結びついた活動に積極的に取り組むべきだ。
 厚労省は、往診をするようにと開業医に注文しているが、こうした活動を通じ、自然に往診を頼まれるような関係も生まれてくるはずだ。ビル診療医にも、例えば居住地で地域貢献活動をすることなどを期待したい。
 私自身は、東京の下町で開業する町医者であり、これまで100人以上の看(み)取りもしてきた。今年に入って、外来と往診を週1回ずつ再開した。私に診てもらいたいという患者さんがいると聞くと、大変ありがたく思う。
 近年の国の政策は、いかに医療費を抑制するかという視点ばかりが先行している。今回、事前の相談もなく打ち出した総合科構想も、最初は必ず総合科を受診することを患者に義務付ける仕組みにつながる懸念がある。患者が自由に医療機関を選択する権利を奪ってはならない。
         ◇
 ◇からさわ・よしひと 日本医師会会長。千葉大学医学部卒。同愛記念病院勤務後、唐沢医院院長。墨田区医師会会長、東京都医師会会長などを経て、2006年4月から現職。65歳。
 
 ◆健康状態や病状を代弁/黒川清
 日本は長年、かかりつけ医の役目を担う総合医を育ててこなかったし、患者、医師の双方に、かかりつけ医こそが良い医療を実現する出発点なのだという認識が薄かった。オールラウンドな臨床能力を軽視した医学教育も一因だが、病院志向の強い特異な医療システムにより生じた、構造的なゆがみにほかならず、今こそ、新しい仕組みが必要だ。
 まず、指摘されるのが、大学病院の医局を軸にした医学教育の問題だ。医大卒業後、2年の研修を義務付ける制度が2004年に始まり、改善されつつあるものの、それまでは、医学部を卒業した医師が、出身大学に付属する病院の医局に所属し、専門分野に特化した診療をこなすという光景が一般的だった。
 さらに、大学病院と関連病院を行き来しながら専門分野を深め、40歳過ぎに開業するというパターンが多く、開業医が基礎的な臨床能力を一様に身につけているとは言い難かった。
 日本に比べると、欧米先進各国は臨床教育、研修を重視している。専門志向の強い米国でさえ、例えば内科系の専門に進むにしても、まず3年間は内科全般の臨床研修を積ませる。家庭医は子供から高齢者まで幅広く診察し、内科、小児科はもちろん、お産もできるし、簡単な手術もこなす。
 1961年の皆保険制度施行までは、日本にもかかりつけ医が根付いていた。しかし、どの医療機関でも同じ自己負担で受診できるため、最新の検査機器がそろった大学病院などを気軽に受診するようになり、かかりつけ医を持たない患者が増えてしまった。
 では、どうすれば、かかりつけ医の習慣は復活するのだろう。まず、患者にも専門志向が強いことや、人口の密集度を考えると、何でもこなす米国の家庭医とは違う機能が必要だろう。内科全般をカバーしつつ、守備範囲外の患者は耳鼻科、婦人科などの専門医に紹介するといったイメージだ。いわば、かかりつけ医は患者の「顧問弁護士」で、健康状態や病状を代弁する役割を担う。
 かかりつけ医としての能力を磨く臨床教育も重要だが、従来の医療システムを改めれば、十分に質の向上は期待できる。内科を中心に開業医がグループ診療を行ったり、地域の病院と開業医が合同の症例検討会を開いたりすれば、お互いの判断や、自分の専門外の経験を共有できる。インターネットなどの情報インフラの活用も欠かせない。複数の医師が診療するので、間違いが減るし、患者の不安も解消できる。総合医でも、家庭医でも、名称や資格にこだわる必要はない。
 患者にも意識改革を求めたい。かぜなどの患者がいきなり、先端医療を担う大学病院を受診するのはおかしい。外来の混雑が、病院の勤務医を疲弊させる元凶となっているのだから、大学病院などの外来診療をやめてしまってもいい。そうすれば、患者は近所のかかりつけ医に最初に足を運ぶようになる。
 普段から、信頼できるかかりつけ医を持つことが、日本の医療を良くする第一歩となるのだ。
        ◇
 ◇くろかわ・きよし 内閣特別顧問東京大学医学部卒。カリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部内科教授、東大医学部第一内科教授などを歴任。前日本学術会議会長。70歳。
 
 ◆実現へ足並みそろえて
 総合医の必要が叫ばれるのは今に始まった話ではない。1968年のインターン制廃止以来、幅広い臨床能力を持つ医師の養成は医学教育の最大の課題だった。旧厚生省が「家庭医構想」を打ち出し、医師会の猛反発を受けた経緯もある。
 開業医には元来、ランク付けにつながりかねない総合医へのアレルギーが強い。そのタブーに医師会の現執行部はようやく一石を投じ、厚労省も本腰を入れ始めた。
 もちろん、総合医の位置づけにぶれがあり、「同床異夢」との冷めた見方もある。しかし、良い総合医を育て、国民一人一人がかかりつけ医を持つことで、日本の医療が良くなるなら、これほどわかりやすい処方せんはない。厚労省、医師会、関係学会は実現に向け、足並みをそろえるべきだ。時計の針を今こそ進めなければならない。(社会保障部・阿部文彦)