コリもせず、今日の読売社説より。

 懲りてないのは自分という意味だが。
 あれだけマスコミはダメだダメだといいつつも、新聞購読を止めるわけにもいかず、このあいだ購読契約を更新したばかり。だからといって読売バンザイというはずもなく、今日の社説から。もう既成事実になりつつある「総合科」について。
医師の看板 「総合科」で開業医はどう変わる(5月23日付・読売社説)
 毎日ほどのおマヌケ感はないが、かといって突っ込んだ意見があるわけでもなく、今までの報道内容の繰り返しであまり面白くはない。非常に当たりさわりのない内容。強いてあげれば、

 総合診療医が制度化され、各地で開業することになれば、医療が抱えるひずみの解消につながるのではないか。患者がまず総合科の診察を受け、総合診療医の助言と紹介で専門医や中核病院に振り分けられれば、医療機関の役割分担が明確になる。患者も安心だ。

 机上の空論でしかないことを、これで日本も安心だ、とばかりに挙げていることと、

 現在の医師教育も、例えば内科の場合は呼吸器や循環器などの専門に分かれ、幅広く初期診断に精通した医師として養成されていない。総合科を機能させるためには、専門教育に偏った医学部の在り方から見直すことも重要だろう。

 何のために新臨床研修制度があるのか、現状認識にちょいと欠ける意見があるくらい。
 「総合科」はこのまま進んでいくのだろうか。日本医師会の意見も取り入れられずに。
 以下は記事。

医師の看板 「総合科」で開業医はどう変わる(5月23日付・読売社説)
 専門分化し過ぎた医療の現状を修正する取り組みだろう。
 厚生労働省は、医療機関が名乗れる診療科の種類を削減するなど、「医師の看板」の大幅な見直しに着手した。医道審議会で議論し、年内にも実施する方針だ。
 併せて、従来の診療科の垣根を越えて患者を診る「総合科」を新設する。
 主に開業医を念頭においた改革だ。患者が何でも相談できる医師が身近にいれば心強い。初期医療を担う開業医は、総合的な診療能力が最も重視されるべきであろう。
 現在、医療機関が掲げられる診療科名は、歯科の4種類を除いて34もある。当初は内科、外科、眼科など15種類だったが、次第に細分化し、基本的な科と専門性の高い科が混在している。
 しかも、開業医は何科を学んだかに関係なく、麻酔科以外なら自由に診療科を看板に掲げることができる。これでは患者も混乱してしまう。
 厚労省が医道審に示した素案は、「胃腸科」「小児外科」「アレルギー科」など専門的な16の科を整理し、基本18科に再編する。掲げることのできる基本科名は二つまでとする。一方で、「総合科」「救急科」など特定の診療科にとらわれない分野を4科新設する。
 今、なぜ総合診療医が必要なのか。
 かつて開業医の多くは、住民の家族状況や病歴なども把握し、生活習慣や精神面を含めて、患者が訴える症状を診断することができた。地域全体の主治医として信頼されていたからだ。
 だが都市化が進み、医師も専門分化して、どんな症状でもとりあえず相談できるような「かかりつけ医」と出会うことは難しくなった。このため、軽い症状でも大きな病院に患者が集中し、勤務医が疲弊する要因とも指摘されている。
 総合診療医が制度化され、各地で開業することになれば、医療が抱えるひずみの解消につながるのではないか。患者がまず総合科の診察を受け、総合診療医の助言と紹介で専門医や中核病院に振り分けられれば、医療機関の役割分担が明確になる。患者も安心だ。
 厚労省は、総合科については、医師が自由に看板を掲げることは認めない方針だ。総合診療医を名乗るのにふさわしい医師かどうか。それをどう認定するかが今後の重要な論点となる。
 現在の医師教育も、例えば内科の場合は呼吸器や循環器などの専門に分かれ、幅広く初期診断に精通した医師として養成されていない。総合科を機能させるためには、専門教育に偏った医学部の在り方から見直すことも重要だろう。
(2007年5月23日1時26分 読売新聞)